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野営地で、火を焚かずに、湯も沸かさずに、温かい飯が出てくる。
現代の米軍レーション「MRE(Meal, Ready-to-Eat)」に同梱されているフレームレスレーションヒーター(FRH: Flameless Ration Heater) は、主食をたった30mLの水で温められる装備だ。袋に水を注いで放置するだけで、10分ちょっとで主菜が湯気を立てはじめる。(放出品で手に入るものは期限が過ぎていてほとんど使えないことが多いため、あくまで参考程度にしてほしい)
このサイトはふだんWWIIの空挺装備を扱っているので、現用のMREは守備範囲の外に見えるかもしれない。だが、この小さなパッドの中身を追いかけていくと、海軍のダイビングベスト にまで話が遡る。装備史としてかなり面白い部類に入る。
今回は現物を入手したので、開発史・化学的な仕組み・公称スペック・実測値・取り扱い上の危険性まで、順に分解していく。
① 開発史:発熱パッドは「潜水服」から来た
米陸軍が火を使わない加熱方式の研究に着手したのは1973年 のことだ。当初は水で活性化するマグネシウム-炭素系の加熱製品が検討されていた。
転機は1980年 。マサチューセッツ州ネイティックの陸軍研究施設が、海軍が浮力装置および加熱ダイビングベット用にマグネシウム-鉄合金粉末を開発していた ことを知る。こちらのほうがコスト効率で有利だったため、シンシナティ大学に委託してMRE用ヒーターの試作品を開発させた。これがDRHD(Dismounted Ration Heating Device) である。
開発に関わった技術者たちはその後Zesto-Therm社 として法人化し、この加熱製品を特許化。民生用にも販売を開始している。
制式採用の流れはこうだ。
年
出来事
1973
米陸軍、火を使わない加熱方式の研究を開始
1980
海軍のマグネシウム-鉄合金技術を転用する方針に転換
1990年5月
FRHの支給開始
1993
全MREにFRHが同梱されるようになる
つまり、湾岸戦争の時点ではまだ「全員に配られる装備」ではなかった というのが押さえどころだ。映画やドキュメンタリーで年代を特定する際の材料にもなる。
考証メモ
WWIIの携行糧食(K-ration、C-ration)には加熱手段が同梱されていない。C-rationを温めるには、単純にトリオキサン燃料タブレットや現地調達の火が必要だった。「火を焚かずに温かい飯が食える」という状態が兵士の標準装備になったのは、実は1990年代に入ってからということになる。
参考: Flameless ration heater – Wikipedia
② 仕組み:無数の「短絡した電池」が発熱している
中身の組成
FRHの発熱パッドは、以下の混合物で構成されている。
マグネシウム-5原子%鉄合金 (超腐食性合金 / supercorroding alloy)
塩化ナトリウム (食塩)
二酸化ケイ素
トリポリリン酸ナトリウム
これらがポリエチレン系の多孔質マトリクスに分散され、柔軟なパッド状に成形されている。
反応の流れ
水を注ぐと、パッドの中では次のようなことが起きる。
パッドに入っている食塩が水に溶ける
食塩水になったことで、マグネシウムと鉄がまるで小さな電池のような状態 になる
その「電池状態」の中で、マグネシウムがどんどん水と反応して溶けていく
マグネシウムが溶けるときに、水素の泡と一緒に熱が出る
つまり、マグネシウムが水に溶けていくときに出る熱を、そのまま食事の加熱に使っている ――これがFRHの仕組みだ。
なぜ鉄が入っているのか
ここがこのデバイスの肝だ。
マグネシウムだけを水に入れても、実は反応が遅すぎて使い物にならない 。そこで鉄の粒と食塩を混ぜることで、反応のスピードを一気に上げている。
イメージとしては、パッドの中に無数の小さな電池ができていて、そのすべてがショートしている状態 に近い。マグネシウムと鉄は組み合わせるとプラス極・マイナス極になりやすい金属どうしで、これが食塩水の中で触れ合うことで、マグネシウムがものすごい速さで溶かされていく。「超腐食性合金」という物騒な名前は、この「あっという間にサビて(腐食して)いく」性質を指している。
要するにFRHは、金属をわざと、コントロールしながら急速にサビさせて、そのときに出る熱を利用する装置 である。
YOUTUBEを見ていると付属している食塩をぶち込んでいる様子も確認できる、探してみてほしい。
参考: US5611329A – Flameless heater and method of making same
③ 公称スペック:何度まで、何分で上がるのか
軍の資料と特許記載値を整理すると以下のようになる。
加熱目標温度
100°F(約38℃)/ 12分
特許記載の実験値
合金7.5g + 食塩0.5g + 水30mLで、230gの食事を約10分で56℃上昇
放出熱量
約50kJ
出力
約80W
パッド重量
約1.5オンス(約42g)
保存期限
約5年
NSN
8970-01-321-9153
該当軍規格
MIL-R-44398B
80W という数字は感覚的に掴みにくいが、要するに小型のはんだごて程度の出力を10分間出し続けている計算になる。あの薄いパッドがそれをやっていると考えると、なかなかの密度だ。
なお「100°F(約38℃)」という目標値は、日本人の感覚からするとぬるい 。人肌よりわずかに温かい程度である。これはあくまで軍の最低保証仕様であり、実際には注水量や外気温の条件が揃えばもっと上がる。
参考: U.S. Army Public Health Center – Water Ration Heaters (PDF)
④ 取り扱いと危険性:ここだけは読んでほしい
FRHは「火を使わない」ため安全そうに見えるが、扱い方を間違えると火災・爆発のリスクがある 。以下は野外運用する上での必須知識だ。
水素ガスが発生する
反応で水素ガスが発生する ため、屋外もしくは十分に換気された場所での使用が前提となっている。
これは実際に重要で、テント内や車内などの密閉空間で使用してはいけない 。加熱作業だけ外で行い、温まったパウチを持ち込む――という運用にすべきだ。実食動画を撮る際も、この点は必ず守っている。
保管中に濡らさない
保管中に発熱パッドが濡れると、水素を放出しながら反応が進み、火災または爆発の危険につながる 。マグネシウムは一度着火すると極めて高温で燃焼するため、これは軽視できない。
また、湿った空気に触れただけでもパッド表面に不溶性の水酸化マグネシウムの薄い被膜が形成され、その後の化学反応が阻害される 。要するに、いざ使おうとしたときに温まらない個体になる。パッケージの破損・ピンホールには注意が必要だ。
輸送に制限がかかる
危険物として分類されるため、輸送方法にも制限がある。米国内では特定の航空便や優先郵便での発送が不可とされている。個人輸入を検討する場合、FRH同梱のMREは輸送区分の問題で通常より手間がかかる ことは織り込んでおいたほうがいい。
まとめ:40年かけて完成した「火のない焚き火」
FRHを整理すると、こういう装備だ。
出自 は海軍の潜水用加熱装置向けマグネシウム-鉄合金
原理 はマグネシウムをわざと急速にサビさせる反応であり、実質的には無数の小さな電池
性能 は12分で約38℃という控えめな保証値。ただし条件次第でそれ以上
リスク は水素ガス。密閉空間では使わない
1973年の研究着手から1993年の全面同梱まで、実に20年。そこからさらに30年以上、基本原理を変えずに使われ続けている。兵站装備としては相当に完成度の高い設計 だと言っていい。
WWII期の兵士がC-rationの缶を炎で炙っていたことを思えば、この薄いパッド一枚が持つ意味は小さくない。
買い方・調達ガイド
【注意】これらは当時のWWII期の複製品ではなく、現用アメリカ軍の戦闘糧食(MRE)です。 実際に食べる場合は、保存状態・賞味期限も含めてあくまで自己責任でお願いします。
検品日を過ぎているものは、FRH(フレームレスレーションヒーター)が高確率で正常に発熱しない。キャンプなどで実際に食す場合は、バーナー等で湯煎して温める方が無難だ。そのほうがしっかり温まる分、味も安定して美味しく感じられる……かもしれない。
12食入りケース:
単品(コレクション用):
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