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※「空挺兵=コーコランのジャンプブーツ」というイメージが強いが、それが当てはまらない時期・作戦もある、という話です。誤りがあればご指摘ください。
D-Day(1944年6月)の写真で見慣れた空挺兵の足元は、たいていコーコラン製のダブルバックル・ジャンプブーツだ。ところが、大戦最後の大規模空挺作戦となったバーシティ作戦(1945年3月、ライン川渡河作戦)の写真を見ると、同じ空挺兵なのに足元の印象が違うことがある。これは思い込みで再現すると間違えやすい、地味だが重要なポイントだ。
① なぜD-Dayとバーシティでブーツが違うのか
1943年11月、米陸軍は「M1943コンバットブーツ(通称:ツーバックルブーツ)」を制式化した。これは、それまで別々だった編上靴(サービスシューズ)+巻きゲートル(レギンス)の組み合わせを一体化した新型ブーツで、実はコーコランのジャンプブーツも置き換える対象として導入されている。生産・補給の効率化が主な狙いだったとされる。
ところが、ベテランの空挺部隊(82・101空挺師団)からは強い反発があった。ツーバックルブーツのレギンス部分にある2つのバックルが、パラシュートのライザー(吊索)に引っかかって降下中に負傷するリスクがある、という現場の指摘だ。この結果、D-Dayを戦った古参の空挺師団の多くは、最後までコーコランのジャンプブーツを履き続けた。
② 実物の特徴:ツーバックルブーツ
- 足首まわりを覆う一体型のブーツで、2つのバックル付きストラップで甲〜足首を締める
- コーコランのジャンプブーツのような光沢磨き上げ仕様ではなく、起毛(ラフアウト)革で作られている個体が多い
- 従来の「編上靴+巻きゲートル」を一体化した構造なので、別途ゲートルを巻く必要がない
③ 考証判定:ここが罠になりやすい
「空挺=コーコラン」で全期間を再現しない。 D-Day(1944年6月)の空挺インプレッションならコーコランのジャンプブーツで正解だが、バーシティ作戦(1945年3月)の再現ならツーバックルブーツの方が実態に近い可能性が高い。同じ「WWII米空挺」でも、狙う作戦・時期によって足元の正解が変わる、という点がこの装備の考証ポイントだ。
【要確認】バーシティ参加者全員がツーバックルだったわけではなく、個人の裁量でコーコランを履き続けた者もいたはずなので、「全員がツーバックルだった」と言い切らないよう注意する。
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