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  • 空挺兵は前線で何を食べていたか ― K-レーションは、実は空挺兵のために生まれた

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    ※このサイトではすでにMREのFRH分解記事を書いているが、この記事はもっと遡って「そもそも空挺兵は前線で何を食べていたか」を整理する回です。誤りがあればご指摘ください。

    空挺兵は物資を自分の身体だけで担いで降下する。トラックも補給部隊もすぐには追いついてこない前提の兵科だ。だからこそ、携行食の設計思想は歩兵とは少し違う軸で発展した。


    ① K-レーションは、もともと空挺兵のために試作された

    K-レーションを設計したのは、ミネソタ大学の生理学者アンセル・キーズ(Ancel Keys)。1941年、陸軍から「ポケットに入るサイズの、腐らない携行食」の開発を依頼されたのが始まりだった。

    最初の試作(乾パン・ドライソーセージ・チョコレートバー・堅いキャンディーをスーパーで買い集めたもの)は、フォート・スネリングの部隊でテストされたが評判は今ひとつ。次に、陸軍の空挺学校があるフォート・ベニングで、ガム・タバコ・マッチ・トイレットペーパーなどの”快適アイテム”を追加した改良版が空挺兵にテストされ、ここで高評価を得た。これを受けて陸軍が正式採用を決め、1942年5月に最初の大量発注(リグレー社へ100万食)が行われている。

    【要確認】「K」の由来は、キーズ(Keys)の頭文字にちなむという通説がある一方、他のレーション名(C, Dなど)と発音で混同しないための選定だった、という説もある。断定を避けて両論併記で書く。


    ② K-レーションの中身:3つの食事

    K-レーションは1日3食分、朝食(Breakfast)・昼食(Dinner)・夕食(Supper)の3種類の箱に分かれていた。缶詰の主菜(肉やレバーペーストなど)に、乾パン・チョコレートバー・粉末飲料・ガムなどが同梱される構成。1食が蝋引きの箱に収まり、ポケットや装備に差し込める携行性がウリだった。

    【要確認:実物レプリカを入手したら追記】3種類それぞれの具体的な中身の違い、パッケージデザインの時代変化は、実際に現物を見てから別記事(K-レーション考証編)で詳しく書く。


    ③ D-レーション(非常用チョコレートバー)との役割分担

    K-レーションとは別に、D-レーションと呼ばれる非常用の高カロリーチョコレートバーも携行されていた。こちらはわざと美味しくない配合(溶けにくく、食欲をそそらない味)にされていたとされる。理由は単純で、普段のおやつとして食べてしまわないように、本当に食料が尽きた非常時のためだけに残させる工夫だった。


    ④ なぜ歩兵はC-レーションで、空挺はK-レーションだったのか

    C-レーションは缶詰中心で、K-レーションより重くかさばる。輸送部隊やトラックに頼れる歩兵部隊向きの構成だ。一方、K-レーションは薄い箱に収まり、身体に複数食分を分散して携行できる。降下直後は補給が全く期待できない空挺兵にとって、軽量・コンパクトという特性がそのまま採用理由になった、という理解でよさそうだ。

    【要確認】前線に着いてから(降下後、本隊と合流した後)は、空挺兵もC-レーションを支給されることがあったはずなので、「空挺=常にK」ではなく、あくまで降下直後の携行食としての位置づけで書く。


    ⑤ 考証の罠:現行レプリカの中身は現代食品

    現在流通しているK-レーションの箱のレプリカは、パッケージ外観を再現していても、中身は現代の食品(市販のチョコやビスケット)で代用されているケースがほとんど。撮影用の小道具として割り切るか、当時の中身の再現にこだわるかで、選ぶべき商品が変わってくる。


    関連記事

    • MRE フレームレスレーションヒーター(FRH)分解 ―― 既存記事
    • K-レーション3種(Breakfast/Dinner/Supper)詳細レビュー ―― 実物レプリカ入手後に別記事で予定


    出典

  • 空挺兵が吸っていたタバコの銘柄 ― ラッキーストライク「緑は戦争に行った」の裏側

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    ヘルメットの黒ゴムバンドの記事でも触れたタバコについて、今回は銘柄を中心に掘り下げます。誤りがあればご指摘ください。

    WWII米軍のタバコは、個人の嗜好品というより配給の一部だった。K-レーション・C-レーションに同梱される形で、ほぼ全員に行き渡っていた。


    ① 配給されていた銘柄

    K-レーションでは1食ごとに4本入りのミニパックが同梱され、1日3食で計12本が支給された。同梱される銘柄は固定ではなく、複数ブランドのサンプルパックのような形で配られていた。

    • K-レーションでよく見られた銘柄:チェスターフィールド、フィリップモリス、キャメル、チェルシー、ラッキーストライク、ローリー、フリートウッド、オールドゴールドなど
    • C-レーション(1食あたり9本):キャメル、チェルシー、チェスターフィールド、クレイヴンA、オールドゴールド、フィリップモリス、プレイヤーズ、ローリー、ウィングスなど

    意外に思われるかもしれないが、「ラッキーストライク」が一番有名なブランドではあるものの、実際の配給頻度でいうとチェスターフィールドが最も多く含まれていたという記述がある。海外の前線に送られたのは主にラッキーストライク・キャメル・チェスターフィールドで、トルコ産ブランドや無名ブランドは本国の民間人向けに回されていた。


    ② ラッキーストライクのパッケージ神話:「グリーンは戦争に行った」

    ここが一番面白いポイントだ。1942年、ラッキーストライクはそれまでの濃い緑色のパッケージを、白色に変更した。当時のキャンペーンスローガンが“Lucky Strike Green Has Gone to War”(ラッキーストライクのグリーンは戦争に行った)――緑の顔料に使われる銅が戦争のために必要になったから、という愛国的な理由付けだった。

    ところが、これは巧妙な広告戦略だったというのが実際のところに近い。当時、女性の喫煙者が増えていたが、緑と赤を使った旧パッケージが服の色と合わない、という理由で敬遠されがちだった。真珠湾攻撃後の空気を利用して、会社側は「愛国的な自己犠牲」という体裁でブランドイメージを一新した、という見方だ。結果としてこのキャンペーンは大成功し、売上が40%も伸びたとされる。

    考証メモ:つまり「戦争のために色を変えた」という話自体が、当時の巧みなマーケティングだった可能性が高い。ただし結果として1942年以降のラッキーストライクは白パッケージが正しいという事実は考証上そのまま使える。


    ③ 考証の罠:緑パッケージと白パッケージ、時代が違う

    1942年より前を再現するなら緑パッケージ、1942年以降(D-Day含む多くの戦域)なら白パッケージが正しい。ヘルメットの黒ゴムバンドにタバコを挟むような小道具としてラッキーストライクを使う場合、このパッケージ色の年代差は忘れずにチェックしたい。


    関連記事

    • ヘルメットの黒ゴムバンド(タバコを挟む習慣) ―― 既存記事
    • 空挺兵は前線で何を食べていたか(K-レーション) ―― 既存記事

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